福岡地方裁判所 昭和25年(行)22号 判決
原告 南筑火工品工業株式会社
被告 東山村長
一、主 文
原告の第一の訴はこれを却下する。
原告その余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、第一、原告の工場建築許可願につき、被告が昭和二十四年一月七日福岡縣知事に対してなした消防法第七條の規定に基ずく同意取消処分はこれを取り消す。右請求が理由なきときは予備的に、第二、第一記載の同意取消処分の無効なることを確認する。第三、被告は原告に対し金七十三万六百四十五円およびこれに対する昭和二十四年十月三十一日より完済迄年五分の割合に依る金員ならびに昭和二十四年九月八日より第一項の判決確定の日迄、もしくは被告が第一記載と同趣旨の同意をなす日迄一ケ月につき金十四万三千円宛の金員を支拂わなければならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求原因として、原告は所轄廳の許可を得て福岡縣山門郡東山村大字大草千九百二十番地に煙火工場を設け、始発筒の製造並びに販賣を営んでいる会社であるところ、昭和二十三年十二月二十二日右工場の中三棟を燒失したので翌二十四年一月七日福岡縣知事に対し、右三棟の工場再築許可の申請をなした。然るところ縣知事において右の許可をなすについては消防法第七條の規定により消防長の職務を行う被告村長の同意を要するとのことであつたので、同日原告会社から被告村長に対し右許可が消防上何等支障なき旨の同意をせられ度い旨申出で、その旨の同意を得て直ちにこれを福岡縣知事の出先機関である柳河土木事務所長に提出した。然るに被告はその後何等正当の事由なきに拘らず、地元の本吉及び大草の両部落民の反対があるから同意はできないと称して翌一月八日頃柳河土木事務所長に対して前記同意の取消処分をした。然しながら右同意取消処分は次の理由によつて違法である。すなわち行政廳において一旦処分をなすときは、これによつて公法上の法律効果を生ずるからその後に至つて勝手にこれを取消すことは国民の既得権を侵害するものとして法の許すところではなく、ただ該処分にこれを取消さなければならない程の重大な瑕疵がある場合に限つて特に例外として許されるに過ぎないものと解すべきである。然るにこれを本件についてみると原告会社は煙火工場として從前既にその旨の許可を得ていたのであつて、偶々工場燒失による再築の必要から再建の許可を申請しているに過ぎず、新たに工場を設置する場合とは全く異るのであるから前記申請は当然許可されるべき性質のものであり、又被告も右許可に同意して何等差支えない筈のものである。つまり被告のなした前記同意にはこれを取消さねばならない程の何等の瑕疵も存しないのである。被告は本件工場再築について地元民に反対があるから同意を取消したといつているがこのことと右同意の当、不当とは全然関連のないことであつて、地元民の反対があるということは本件同意を取消さなければならない正当の理由になるものではない。畢竟本件同意の取消はこれを取消すべき正当の事由がないのに爲されたものとして違法たるを免れないのである。よつて右取消処分の取消を求める。仮りに右取消処分については、もはやこれを取消し得ないとしても、前記の違法は重大且つ明白なものというべきであるから、右取消処分は当然に無効である。それで予備的にその無効確認を求める。次に原告会社は被告の違法なる前記取消処分によつて事業の経営が全く不可能となつたため、やむなく使用工員の内九名を休業せしめてこれに対し労働基準法所定の休業手当、合計金七千七百九十五円を支給し、その余の十一名に対しては退職の処置をとりこれに対して退職手当合計金二万二千八百五十円を支拂つたばかりでなく、原告会社の前記工場における始発筒の生産高は一日平均九千本余りで諸経費を差引き一ケ月金十四万三千円宛の純益を得ていたのであるがこの得べかりし利益を喪失し、又取引先も廣く九州一円並びに四国に跨り、長い間厚く信用を博し來つたのであるが取引の継続不能から著しく信用を失墜するに至つたのである。そして以上の損害はいずれも被告の不法な取消処分に因り、原告会社が蒙つたもので被告において当然賠償すべき責任あるものである。よつて前記の如き信用失墜による損害として金七十万円及びこれと前記休業手当並びに退職手当との合計金七十三万六百四十五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和二十四年十月三十一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、並びに原告会社休業の日たる同年九月八日以降前記第一の請求につき判決確定の日若くは被告が新めて消防法第七條所定の同意をなす日迄得べかりし利益、一ケ月金十四万三千円の割合による損害金の各支拂を併せて請求する次第であると述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は、原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告会社がその主張の日時に火藥を爆発せしめ、その主張の如く工場を燒失した爲福岡縣知事に対し、工場再築許可の申請をなしたことは認めるが被告としては福岡縣知事に対し原告の右工場再築の許可について、原告主張の如き同意をなしたことはない。尤も被告において原告会社の者が持参した同意書たる書面に即日記名押印して、これを柳河土木事務所に持参せしめたことはあるが、被告はその翌日右土木事務所からその返還を受けている。つまり右の同意というのは未だ福岡縣知事に到達しない間に被告において、これを撤回しているのである。從つて被告のなした右同意の意思表示は未だ行政行爲としての効力発生前に撤回されているのであるから、これを同意の取消処分としてその取消を求めることはそれ自体理由がないと解すべきである。仮りに前記同意書が柳河土木事務所に提出されたことによつて福岡縣知事に対する同意の効力が発生するとしても、右同意は適法に取消されたものであつて、原告主張の如き違法の廉はない。即ち被告は右同意書を原告会社の者に手渡した後原告会社の工場再築について村民の意見を徴したところ、右工場の設置は附近住民に及ぼす爆発並びに火災に因る危險性が高く、右は消防の見地から重大な支障があると認められたので、本件同意はこれを取消す方がより一層公共の福祉に適合するものであるから同年一月八日柳河土木事務所長に対し取消の通告をなしたのであつて右同意の取消処分は毫も違法ではない。次に前記の如く同意の取消は適法であるから、仮令原告会社に損害の発生があるとしても被告にこれを賠償する責任がないばかりでなく、そもそも法律上の人格なき一つの行政廳たる被告にはかゝる損害賠償請求の訴訟について正当なる当事者適格を欠くものといわねばならない。又原告会社の蒙つた損害額は不知であると述べた。
(立証省略)
三、理 由
第一本件同意取消処分の取消請求について
まず職権をもつて本件同意取消処分を求める訴の適否について考えるに(イ)本訴は要するに消防法第七條の規定に基き、消防長の職務を行う村長が縣知事に対してなした同意取消処分の取消を求めるものである、而して右同意取消処分がいわゆる抗告訴訟の対象たる行政廳の処分に該当するか、否かについては疑がないではないが、茲に同意又は同意の取消というのは上級行政廳と下級行政廳との間における單なる行政監督的作用ではなくて縣知事と相対立する消防長がその独自の立場において、縣知事の爲す建築許可が消防の見地から支障がないか否かの意見を示す独立の行爲であり、これによつて実質的に国民の権利義務に重大なる影響を與えるものであるから少なくとも行政廳の処分に準ずるものとして抗告訴訟の対象となり得るものと解するのを相当とする。(ロ)このように本件同意取消処分が抗告訴訟の対象となるものと解されるとすれば、本訴の提起については行政事件訴訟特例法第五條第一項の適用があり、從つて本訴は原告が本件同意取消処分のあつたことを知つた日から六箇月以内に提起されなければならなかつたといわなければならない。
然るに原告において被告のなした同意取消処分のあつたことを知つたのは遅くとも昭和二十四年三月二十八日以前であつたことはその主張自体に徴して明かなところであるから、本訴はその後六ケ月、同年九月二十七日までに提起せらるべきであつたというべく、本件訴状受附印によつて明な如く、これが提起されたのは同年十月二十九日であるから本訴は既にこの点において出訴期間を遵守せざる不適法な訴として却下を免れ難い。
第二本件同意取消処分の無効確認請求について
次に原告は本件同意取消処分は無效であるからその確認を求める旨主張している。然しながら行政処分が当然無效である場合は当該行政処分に明白重大なる瑕疵がある場合に限るものと解すべきところ、証人富安環、壇立己の各供述に弁論の全趣旨を綜合すると、原告会社の前記工場近くには東山村本吉、大草の両部落があり、昭和二十三年十二月二十二日右工場の火藥爆発の際爆風、激震等によつて危害を蒙つた家屋は右両部落の中四十七、八戸に上り、その被害の程度も屋根瓦が落ち、窓硝子、戸袋が破損したに止まらず、渠の落ちたところもあり相当の範囲において被害の及んでいることが認められ、このような情況から考えるときは、被告が本件工場の建築については消防上の見地から支障があるとして、本件同意の取消をしたのも相当の理由があるものというべく、これを目し明白且重大なる瑕疵ある当然無效のものと解することはできない。それで本件同意取消処分の無效確認を求める本訴請求は爾余の判断を俟たず既にこの点において失当というべきである。
第三損害賠償の請求について
以上説明の通り本件同意取消処分の取消を求める訴は出訴期間を経過した不適法なものであり、又右処分は当然無効の場合には該当しないのであるから、第三の請求は既にその前提において理由のないことが明かであるばかりでなく、本件損害賠償の請求訴訟については法律上人格のない行政廳である被告には正当なる被告適格がないものと解するを相当とする。依つて原告の第一の訴は不適法としてこれを却下すべく、その余の請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 丹生義孝 入江啓七郎 真庭春夫)